それは誰のせい?

過去において発生した出来事や、目の前の嫌な上司や苦手な相手など

「あの時あんな事があったせいで・・・」

「あの人にあんな仕打ちをされたせいで・・・」

○○のせいで、私は不幸だ!

と、好ましくない目の前にある事象や境遇を何か(だれか)のせいにして被害者である自分を正当化し、自分以外のまわりを悪者としてしまうことってありますよね?やっちゃいますよね?

「目に映る現実は自分の投影」ってわかってる愉快な仲間たちは、それを知っててあえて楽しんでるよね?よね?

でも、そんなこといったって実際アレのせいでこうなったんだからっヽ( )`ε´( )ノ と、

自分の投影なんて信じられるか!って方もまだまだたくさんいらっしゃることと思われます(かつて私がそうだったように・・)

自己啓発系のセミナーや本などでよくある

「すべてのことに感謝しましょう」

「最初は心はこもってなくてもいいから、ありがとうを唱えましょう」

みたいなぬるい話。。。。

やってみたけどどうしてもありがとうなんて思えないし、それでも歯をくいしばりながら「あ゛り゛か゛と゛う゛~ι(`ロ´)ノムキー」ってやっても結局続かずにやめてしまったことないですか?

私はあります( ̄∇ ̄)

だって、ホントにありがとうなんて思えないんだもんρ(-ε- )

「Aのせいで私は不幸だ」を分析すると、

A = 悪者

Aによって私にもたらされた事象 = 不幸

となりますよね?

それも、時が過ぎ色々と乗り越えた末に

「Aのおかげで今私は幸せだ」に変わる日がきたりするものです

例の「すべての出来事に感謝しよう!」的な訓えは、「ありがとう」を唱えることでいつかそういう境地になれますよーといったところでしょうか?

でも~、、、

そうはいっても、ホントにそう思えるまでは言ってる自分に嫌気がさすっちゅうのが本音というもの

ところが!

言葉のニュアンスをちょっと変えてみるとあら不思議☆

そんなに歯を食いしばらなくてもい感じに言えちゃったりして、しまいには

「あれ?なんだか私って最初からハッピーだった?なにコレ、今まで勘違いしてたのかしら?」

なんて思えたりするかもしれません( ´艸`)

そこで、

「Aのせいで私は不幸だ」

     を

「Aのおかげで、私は幸せだ」 ではなく、、、、

     ↓

「Aのせいで、私は幸せだ!」

と言ってみましょう

前出の「Aのおかげで私は幸せだ」だと、Aの手柄によって幸せになっただなんて、なんか認めたくない心理が働きます

目の前の事象が好ましくないうちは、それを誰かのせいにしたいのが人間。。。

現実なんて、ネガティブとポジティブ表裏一体のものなので「不幸」と見るか「幸せ」と見るかは個人の自由意思に委ねられます

Aのせいで不幸だ!っていってるうちは「不幸」は自分が選択しているのではなく被害者でいる事ができ、同時にAを加害者にしてしまうタチの悪い状態です。。

それに、いつかその「幸せ」を選択する事ができたとしても、自分が不幸だ!って思っているうちは、素直にそれが「Aのおかげ」だなんて思えないですよね( ̄* ̄ )

なので、誰かのせいにしたい思いは「Aのせいで」としておいて、

「私は不幸だ」を「私は幸せだ」と言葉を変えてみるのです

そう言ってみて、内側におこる感覚を少し観察してみてください

A = 悪者

Aによって私にもたらされた事象 = 幸せ

・・・・!?

Aって実はいいやつだったんじゃん∑(゚Д゚)

と、ここで初めて「Aのおかげで私は幸せだ」となり、実際に「幸せ」を選択出来た時にはすんなり「Aよ、お前のおかげだ!ありがとー(≧▽≦)」って言えそうな気がしません??

また、なんでも「私が悪かったから(こうなってしまった)」と罪悪感に陥り、自己肯定感がどん底級に低い人(はい、これも私です(・∀・)

ここでいう「A」を「わたし」に置き換えてみてください

すると、どうなるでしょう??

「わたしのせいで、私は幸せだ」

あら不思議!

わたしって、案外いやつらしいよ?( ´艸`)

わたしを幸せにするのは、ほかの誰でもなく自分自身

誰のせいでも妖怪のせいでもなく、わたしのせいなのね♪(そうなのね!(°∀°)b )

「ありがとう」に歯を食いしばり系の人は、是非やってみてくださいね(*^ー^)ノ